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本から元気をもらおう!本気モード

 発想の転換のきっかけ、ビジネス社会で生きていくヒント、 また、考え方が豊かになるような本の見所だけを、ご紹介していく・・・ から元をもらう! 「本気モード」
     
第105回 「国家の品格」(2005年)  藤原 正彦著 新潮社
【所感】

一番感じたことは…文中の言葉を引用すれば「日本人は日本人のように思い、考え、行動して初めて国際社会の場で価値を持つ」とあるように、日本人は日本人”らしさ”を発揮してこそ、世界の中で必要とされる…
規模を小さくしてみれば、自分は自分”らしさ”を発揮するからこそ価値を持つことができる。
そう感じました。
そして、その”らしさ”がこの本でいえば、情緒力にあたるかと思います。その情緒力のレベルを上げていくことが、自分にとっては重要になるのだと感じました。
情緒力…美しいものを見て美しいと感じる、論理思考ではない感情…
これのレベルを上げるには、色々なものを見る、触れる、感じるそういうことでしかできない。だからこそ、「まず行動」が重要になってくるのだと、改めて感じました。
また、脳の99%は利害損失で占められているとありますが…99%は”楽”を選ぶ脳が占めていて、勝ち続けている人は残りの1%の部分で「踏ん張っている」のだと…そう感じました。99%の圧倒的な楽を求める気持ちに負けないようにしていきたいと思います。
ビジネスレベルではまだまだですが…キレイなものを見て感動するような、そういう感覚は小さい頃からあったように思います。
そういう育て方をしてくれた、環境を与えてくれた両親や友人などへの感謝の気持ちが改めて生まれました。
学者さんの本だけあって、多少難解というか、理屈っぽいなと思う(オマエが言うなという声が聞こえてきそうですが)ところもありますが、ベストセラーになっただけある、色々感じる本かなと思います。

【心に残った箇所 -本書より抜粋-】

■市場原理主義の前提は、「まずは公平に戦いましょう」です。公平に戦って、戦った者が利益を全部とる。英語で言うと「ウィナー・テイクス・オール」というものです。公平に戦った結果だから全然悪いことはない。勝者が全部取って構わない。こういう論理です。しかしこの論理は、後ほど詳しく述べる「武士道精神」によれば「卑怯」に抵触します。大きい者が小さい者と戦いやっつけることは卑怯である。強い者が弱い者をやっつけることは卑怯である。武士道精神はそう教えています。
しかし、市場原理主義ではそんなことに頓着しません。一本道のような論理で、全体を通してしまいます。
■論理的に正しいことと善悪は別次元のことです。
■「論理を徹底すれば問題が解決出来る」という考え方は誤りです。論理を徹底したことが、今日のさまざまな破綻を生んでしまったとも言えるのです。なぜなら「論理」それ自体に内在する問題があり、これは永久に乗り越えられないからです。
■公立小学校で英語など教え始めたら、日本から国際人がいなくなります。英語というのは話すための手段に過ぎません。国際的に通用する人間になるには、まずは国語を徹底的に固めなければダメです。表現する手段よりも表現する内容を整える方がずっと重要なのです。英語はたどたどしくても、なまっていてもよい。内容がすべてなのです。そして内容を豊富にするには、きちんと国語を勉強すること、とりわけ本を読むことが不可欠なのです。
■論理だけでは破綻する第二の理由は、人間にとってもっとも重要なことの多くが、論理的に説明できないということです。
(中略)
十年ほど前にこんなことがありました。日教組の教研集会で、傍聴していた高校生が会の最後の方になって、「先生、なんで人を殺しちゃいけないんですか?」と質問した。そこにいた先生たちは、誰一人それを論理的に説明出来なかった。びっくりした文部省が、「人を殺してはいけない論理的理由をパンフレットに作成中」と新聞に書いてありました。読んで笑ってしまいました。
人を殺していけない論理的理由なんて何ひとつない。私に一時間くれれば、人を殺しても良い理由を五十ぐらいは発見出来ます。人を殺してはいけない理由も同じくらい見つけられます。論理的というだけなら、良い理由も悪い理由もいくらでもある。
人を殺してはいけないのは、「駄目だから駄目」ということに尽きます。「以上、終わり」です。論理ではありません。このように、もっとも明らかのように見えることですら、論理的には説明出来ないのです。
■ならぬことはならぬものです
要するにこれは「問答無用」「いけないことはいけない」と言っている。これが最も重要です。すべてを論理で説明しようとすることは出来ない。だからこそ、「ならぬことはならぬものです」と、価値観を押し付けたのです。
■野に咲くスミレが美しいということは論理では説明できない。モーツアルトが美しいということも論理では説明できない。しかし、そっれは現実に美しい。
■情緒とは、論理以前のその人の総合力と言えます。その人がどういう親に育てられたか、どのような先生や友達に出会って来たか、どのような小説や詩歌を読んで涙を流したか、どのような恋愛、失恋、片想いを経験してきたか。どのような悲しい別れに出会ってきたか。こういう諸々のことがすべてあわさって、その人の情緒力を形成し(後略)
■論理は重要であるけれども、(論理の)出発点を選ぶということはそれ以上に決定的なのです。
■情緒力とか、あるいは形というものを身体に刷り込んでいない人が駆使する論理は、ほとんど常に自己正当化に過ぎません。
■いじめに対して何をすべきか。カウンセラーを置く、などという対症療法より、武士道精神にのっとって「卑怯」を教えないといけない。「いじめが多いからカウンセラーを置きましょう」という単純な論理にくらべ、「いじめが多いから卑怯を教えましょう」は論理的でないから、国民に受けません。
(中略)
論理が通ることは脳に快いから、人々はこのようにすぐに理解できる論理、すなわちワンステップやツーステップの論理にとびついてしまう。従ってことの本質に達しない。
■いま自由を否定する人は世界中にいないでしょう。私は「自由という言葉は不要」と思っています。控えめに言っても、「自由」は積極的に賞揚すべき概念ではありません。 日本の中世においては、自由というのはしばしば「身勝手」と同じ意味で使われていました。
■真のエリートには二つの条件があります。第一に、文学、哲学、歴史、芸術、科学といった、何の役にも立たないような教養をたっぷりと身につけていること。そうした教養を背景として、庶民とは比較にもならないような圧倒的な大局観や総合判断力を持っている。これが第一条件です。
第二条件は、「いざ」となれば国家、国民のために喜んで命を捨てる気概があることです。
■霞ヶ関には東大を優秀な成績で出た人がいっぱいいます。しかしそれは、いわゆる「偏差値エリート」にすぎません。「偏差値が高い」というのも確かに能力には違いありませんが、それは片足ケンケンが上手いのと同じようなもので、国のためにはあまり役立たない。先の二つの条件を充たす「真のエリート」がどうしても必要です。
(中略)
イギリスの政治家には真のエリートが多いので、賄賂や汚職の話はほとんど聞きません。国民のために命を捧げるような者は、国民を欺くようなことはしないのです。
女性問題のスキャンダルは時々あります。こちらはどんな教育をしてもなくなりません。
■我が国では差別に対して対抗軸を立てるのではなく、惻隠(そくいん)をもって応じました。弱者・敗者・虐げられた者への思いやりです。惻隠こそ武士道精神の中軸です。
人々に十分な惻隠の情があれば差別などはなくなり、従って平等というフィクションも不要となります。差別を本当に撲滅しようとするなら、平等という北風ではなく惻隠という太陽をもってしなければなりません。
(中略・概略)
「平等」の旗手アメリカこそは、企業経営者の平均年収が十三億円で一般労働者が約三百万の国なのです。
三千五百万人もの人々が貧困のため医療さえ受けられない国。
女性がメンバーになれないゴルフ・クラブがたくさんある国。
2001年、黒人のバリー・ボンズが白人のマーク・マグワイアのホームラン記録にあと一本と迫ってから並ぶまでに、十九打席で十二の四死球をもらった国なのです。七十号はベネズエラ人、七十一号は韓国人の投手から打ったものでした。
■自由と平等は両立さえしません。先ほど述べましたように、アメリカのプライベートなゴルフ・クラブには女性会員を認めない所や、有色人種をほとんど受け入れない所が多くあります。これは、女性や有色人種から見れば不平等ですが、ゴルフ・クラブから見れば、組織する自由、趣向の自由、思想の自由です。自由と平等が正面衝突しています。
神は矛盾を犯しませんから、自由と平等がともに神から与えられたもの、などというのは真っ赤な嘘なのです。
(中略)
ところが自由と自由は正面衝突します。言論の自由はプライバシーを守る自由と衝突します。
(中略)
平等も平等と衝突です。平等な条件で競争すると、弱肉強食となり、貧富の差が大きくなり、不平等となります。結果の平等ではなく機会の平等だ、という論が流行していますが、噴飯物です。全大学生の親の中で、東大生の親の所得がもっとも多いことが証拠です。
■(桜について)日本人はたった三、四日の美しさのために、あの木偶の坊のような木を日本中に植えているのです。
■自然に心を通わせられるような、素晴らしい感性を日本人は備えています。それを思えば台風や地震や洪水といった自然災害にすら感謝したくなります。こうした自然災害に「恵まれた」おかげで、自然にひれ伏す気持ちが生まれ、無常観が発達し、もののあわれとか自然と心を通わすような情緒につながったのですから。
■懐かしさという情緒は、私の呼ぶ「四つの愛」の基本になります。「四つの愛」とは何かと言うと、まず「家族愛」です。それから、「郷土愛」、それから「祖国愛」です。この三つがしっかり固まった後で、最後に「人類愛」です。
順番を間違えてはいけません。家族愛の延長が郷土愛、それら二つの延長が祖国愛だからです。
■私は、ガーナ人でガーナを愛さない奴がいたらブッ飛ばします。韓国人で韓国を愛さない奴がいたら張り飛ばします。仮に張り飛ばさなくても、少なくともそういう人間とは絶対に付き合いません。根無し草と付き合っても、何一つ学ぶものがないからです。
これは日本国内に当てはめても同じことです。青森出身の人は青森を、沖縄出身の人は沖縄を、愛していればいるほど、人間として魅力的で信用も出来る。
■私の言う祖国愛は、英語でいうところの「パトリオティズム」に近い。パトリオティズムというのは、自国の文化、伝統、情緒、自然、そういったものをこよなく愛することです。これは美しい情緒で、世界中の国民が絶対にもっているべきものです。
■明治になって作られたであろう愛国心という言葉には、初めから「ナショナリズム」(国益主義)と「パトリオティズム」(祖国愛)の両方が流れ込んでいました。明治以降、この二つのもの、美と醜をないまぜにした「愛国心」が、国を混乱に導いてしまったような気がします。言語イコール思考なのです。
(中略)
わが国が現在、直面する苦境の多くは、祖国愛の欠如に起因すると言って過言ではありません。
■武士道は鎌倉時代以降、多くの日本人の行動基準、道徳基準として機能してきました。この中には慈愛、誠実、忍耐、正義、勇気、惻隠などが盛り込まれています。惻隠とは他人の不幸への敏感さです。
それに加えて「名誉」と「恥」の意識もあります。
■グローバリズムがもたらす効率性は、ある意味では素晴らしいことです。世界が同じシステムで動き、効率的・能率的になることは悪いことではない。しかし、この論理をどんどん進めるとどうなるでしょう。
経済的その他の意味で本当に効率的な世界を作りたいのなら、例えば明日生まれてくる赤ちゃんから全員、世界中で英語だけを教えるようにすればいい。
(中略)
みんなが英語で意思の疎通が出来る。政治や経済ばかりでなく、あらゆる点で素晴らしく効率的な世界ができあがります。
(中略)
能率・効率は素晴らしいかも知れません。しかし各国、各民族、各地方に生まれ美しく花開いた文化や伝統や情緒などは、そんな能率・効率よりも遥かに価値が高いということです。
(中略)
効率・能率に幻惑されて、画一化を進めては絶対にいけないのです。
■「国際人」と言うと、すぐに「英語」となるのですが、英語と国際人に直接の関係はない。ここで言う国際人とは、世界に出て、人間として敬意を表されるような人のことです。
■ヴァイオリンはヴァイオリンのように鳴ってはじめて価値がある、日本人は日本人のように思い、考え、行動して初めて国際社会の場で価値を持つ。
■「論理的に正しい」ものがゴロゴロある中から、どれを選ぶか。その能力がその人の総合判断力です。それはいかに適切に出発点を選択できるか、が勝負です。別の言い方をすれば「情緒力」なのです。
もちろん世界中の人間の脳の九十九%は、利害損失で占められています。私も偉そうなことを言い続けていますが、いつも利害損失を考えています。
ただ、人間が利害損失にこだわるということは、もう仕方のないことです。人間には生存本能というものがあって、利害得失で動くよう遺伝子レベルで組み込まれているのですから。しかし、残りの一%を何を埋めるか、これが非常に重要なのです。
■多くの天才を調べてみると、天才を生む土壌には三つの共通点があることに気づいたのです。
(中略)
その第一は、「美の存在」です。美の存在しない土地に天才は、特に数学の天才は生まれません。
(中略)
第二の条件は、「何かに跪く心」があるということです。日本の場合は神や仏、あるいは偉大な自然に跪きます。
(中略)
イギリスからはノーベル賞受賞者が今でもたくさんでています。彼らは何に跪いているのか。伝統に跪いています。
(中略)
第三の条件は、「精神性を尊ぶ風土」です。役に立たないことをも尊ぶ風土です。
■よく政治家が、「日本はもっと普通の国になるべきだ」などと言います。しかし、その「普通の国」が意味するところは、大抵の場合「アメリカみたいな国」に過ぎません。
私の意見は逆です。日本は有史以来、ずっと「異常な国」なのです。遠くの国はもちろん、近隣の国ともまるで異なる国でした。これからも「異常な国」であり続けるべきと思います。
■日本は天才を生む土壌を着実に失いつつあります。美の源泉でもある田園は荒れ、小学校から大学まで、役に立つことばかりを追い求める風潮に汚染されています。跪くのは金銭の前ばかりです。金銭を低く見るという武士道から来る形は、すっかり忘れられました。田園が荒れれば、日本の至宝と言えるもののあわれや美的感受性などの情緒も危殆に瀕します。
(中略)
日本人一人一人が美しい情緒と形を身につけ、品格ある国家を保つことは、日本人として生まれた真の意味であり、人類への責務と思うのです。


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